研究紹介
「セラノスティクス(Theranostics)」とは、治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を組み合わせた新しい医療技術であり、患者個々における病態像を正確に捉えた上で、適切な治療を施すことを目指しています。セラノスティクスを実現する診断技術として、生体分子イメージング技術が重要となります。生体分子イメージング技術は、生体での細胞/分子レベルの生理的・生化学的・分子生物学的なプロセスの空間的・時間的分布をインビボで画像化し評価する方法であり、医薬品開発、臨床画像診断、さらに広くライフサイエンス研究で利用されています。当研究室では、①種々の疾患(がん、炎症性疾患、糖尿病、認知症、こころの病気、循環器疾患など)を対象としたイメージングプローブの開発と画像化研究、②開発したプローブを用いた生体機能や病因の解明、③核医学治療用薬剤の開発、④中性子捕捉療法(BNCT)用薬剤の開発、⑤新規標識反応の開発、Laboratory automationを目指したアーム型ロボットの開発、自動合成装置・自動分析装置の開発、⑥放射線による被曝並びに環境汚染を軽減化するための研究などを行っています。国内外の大学や研究機関、病院、企業などと連携して、新しい医療の創生に挑戦しています。具体的な内容については下記の「研究内容」で紹介しています。
薬剤開発
現代は超高齢化社会かつ、高度なストレス社会となり、アルツハイマー病を含む認知症や成人だけでなく子どもも含めたこころの病気などの脳高次機能に関連した様々な疾患が増加してきており、早期診断・治療の必要性が高まっています。
疾患解析プローブ・ケミカル分野では人の一生の間に起こりうるアルツハイマー病や広汎性発達障害(自閉症スペクトラム等)、ストレスが関係している可能性の高い精神機能疾患(うつ病、パニック障害、PTSD等)などの脳高次機能疾患のメカニズムに基づいた神経機能変化を可視化することにより、それらの早期診断法や早期治療による治療効果判定法の確立を目指した研究を行っています。
また、がんの種類・特徴に基づいた鑑別診断可能な放射性分子プローブの開発や我々が開発した放射性分子プローブを利用した共同研究も進めています。
膵β細胞イメージングプローブの開発と臨床応用
糖尿病の発症過程において、膵β細胞量は耐糖能異常に先行して減少するとともに、耐糖能異常出現後も継時的に減少すると言われています。しかしながら、その発症過程や膵島減少の進展過程の詳細は未だ不明であります。そこで、これらを継時的に解析するための非侵襲的なイメージング技術の開発を行っております。
ペプチドや抗体を利用したがんラジオセラノスティクスプローブの開発研究
様々ながんに発現する標的分子(PSMA、EphA2、CXCR4、FGFR、SSTR、HER2、TROP2など)を対象にラジオセラノスティクスプローブの開発と臨床応用の研究を行っております。近年創薬の領域において、低分子化合物だけでなく、ペプチドや抗体医薬の利用も進んでおります。我々も、ペプチドや抗体を母体化合物としたラジオセラノスティクスプローブの開発研究を進めています。
コリン作動性神経系の可視化によるアルツハイマー病(AD)の早期診断
コリン作動性神経系は記銘・記憶・学習等に深く関係しており、AD患者の脳内ではコリン作動性神経系の機能低下が見られます。その機能低下を可視化すればADの症状の客観的な評価が可能になり、治療効果の判定にも繋がると考え、我々は同神経系の中で小胞アセチルコリントランスポータ(VAChT)を標的とした放射性イメージング剤の開発研究を行っています。これまでに,(-)-[123I]OIDVおよび(-)-[11C]OMDVをそれぞれSPECT/PET用VAChTイメージング剤として開発しており,いずれもラット生体脳内のVAChTイメージングに成功しています。
σ受容体を標的とした脳機能イメージング
シグマ(σ)受容体は、σ-1とσ-2の二つのサブタイプが確認されており、どちらも前頭皮質や尾状核、視床下部など脳領域に広く分布しています。特に学習・記憶や認知機能、ストレス性疾患など様々な脳の高次機能に関与していることが報告されているが、未だσ受容体の機能には不明な点が多くあります。我々はσ受容体の機能を明らかにすべく、σ-1/σ-2受容体を標的としたイメージング剤の開発研究を行っており、これまでにσ-1受容体イメージング剤[123I]OI5Vを開発しています。
σ-2受容体を標的とした新規固形がんイメージング剤の開発
σ-2受容体は種々の腫瘍細胞において過剰発現していることが報告されています。両受容体とも固形腫瘍細胞の増殖を亢進することが明らかになっており,またそれらのアンタゴニストが抗ガン作用を示すことも報告されています。我々はσ-2受容体を標的とした固形腫瘍イメージング剤の開発研究を行っています。
標識反応技術、核種製造・分離技術の開発研究
マイクロ波を用いた迅速合成法の開発
マイクロ波合成は1986年にGedyeやGiguereらによってガラス封管中に反応物を電子レンジを用いて加熱する合成が報告されて以来、反応時間の短縮、収率及び選択性の向上などのさまざまな報告がなされています。短半減期核種を用いることから短時間合成が必要とされるPETイメージングプローブ合成においてもマイクロ波反応装置の応用が注目されています。
①[18F]pitavastatinの合成
②18-フッ素化標識試薬[18F]TDBFBの合成
③PET核種68Gaを用いた配位子DOTAへのキレート反応
Journal of Labelled Compounds and Radiopharmaceuticals, 62 (3), pp 132-138 (2019)
ボロン酸誘導体用いた18F標識試薬の開発
Tetrahedron Letters, 104, 154010 (2022)
①芳香環への18F導入が容易
②鈴木カップリングの基質になりうる化合物は18F導入が可能
③前駆体へのボロン酸導入が不要となり、前駆体合成が簡便
ボロン酸前駆体を用いた銅触媒下での放射性ハロゲン標識法の開発
Cu-mediated radioiodination of a boronic precursor (CuRIB)
共通のボロン酸前駆体を用いて,様々な放射性同位元素で標識が可能
(例: 211At, 18F, 11C, 76/77Br etc.)
Journal of Labelled Compounds and Radiopharmaceuticals, 64(8), 336 – 345 (2021)
Bioorganic & Medicinal Chemistry, 69, 116915 (2022)
ACS Omega, 8, 27, 24418-24425 (2023)
Chemical Communications, 60, 714-717 (2024)
原子炉を活用した医療用RIの製造研究
京都大学・複合原子力科学研究所の山村朝雄教授、東北大学・金属材料研究所の白崎謙次講師らとLu-177の製造・分離・精製の共同研究を行っております。
自動合成装置、ロボット合成システム、分析装置の開発研究
放射性同位元素(RI)標識合成に特化した自動合成装置・分析装置の開発を行っております。
RI合成用小型マイクロ波反応装置の開発
RI合成用小型マイクロ波照射装置を株式会社サイダ・FDSと共同で開発しました。この装置はマイクロ波の発振・制御部を別体とすることで、加熱目的物を配置する照射ユニットをホットセル内のわずかなスペースにも納められるサイズになっています。さらに導波管などを用いず、アンテナから直接、共振空胴へ電磁波エネルギーを照射する構造も特徴の一つです。
マイクロ流体デバイスを用いたRI合成装置の開発
PET分子プローブの合成においては、トレーサ量の合成に特化した微量合成法の開発、放射線の遮蔽の観点から合成装置の小型化、並びに用いる核種の半減期に応じた短時間合成法の確立が求められています。そこで我々は、マイクロ流体デバイスを用いたRI合成装置の開発を進めています。PET標識化学の観点から言えば、ナノ・マイクロリットル単位の微小流路内で反応を行うことで反応容量ならびに装置自体のサイズの低減が可能であり、さらに優れた熱効率・混合効率により短時間・高効率合成が可能であることから、PET分子プローブの合成に適した特徴を有していると考えています。
3段階反応用マイクロリアクターを用いて[18F]SFBのone-flow合成
電子飛跡検出型コンプトンカメラ(ETCC)の応用研究
京都大学・谷森達名誉教授、東海大学・株木重人講師、櫛田淳子教授と電子飛跡検出型コンプトンカメラ(ETCC)の開発と医学利用に関して共同研究を行っております。ETCCはコンプトン散乱の物理原理を応用したガンマ線カメラで、到来ガンマ線の絞りを必要とせず、物理法則から到来方向を再構成するため、エネルギーダイナミックレンジが広範囲に渡る特徴を有しています。
ロボット合成システムの開発
放射性医薬品を用いた画像診断や核医学治療は、もはや今日の医療において必要不可欠であります。今後より普及させるには、医療現場における医薬品の製造・調製にかかる作業者の安全性の確保、人材不足と高額な費用の問題を解決する必要があります。そこで我々はこの課題に対し、安価なロボットを活用した放射性医薬品の自動調製システムの開発を進めています。一関工業高等専門学校(藤原康宣教授、戸谷一英名誉教授)、東京電機大学(茂木克雄教授)、株式会社Laboko(小此木孝仁取締役)、アイエスエス株式会社(鎌田智也代表取締役)との共同研究になります。
臨床研究の実施:First in Human試験
マイクロドーズ臨床研究 有機アニオントランスポーター(OATP)Imaging:18F-Pitavastatin
前立腺がん PSMA-PET Imaging:[18F]FSU-880
膵β細胞、インスリノーマのPET Imaging:18F-Exendin4