研究の概要

(1)アセチルコリン神経系をターゲットにした脳内分子イメージング剤の開発

  アセチルコリン神経系は記銘・記憶・学習等に深く関係しており、アルツハイマー病を含む痴呆症で、顕著な変化が見られる神経系です。特に、シナプス前部に存在するコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)やコリントランスポーター(ChT)及びアセチルコリントランスポーター(VAChT)はアルツハイマー病の早期から変化が見られる部位とされています。これらの部位に特異的に結合する新規化合物を見つけ、短寿命シングルフォトン核種(123I,99mTc)やポジトロン核種(11C,18F)で標識することができれば、それらの部位の変化を鋭敏に捕らえることができるアルツハイマー病の早期診断薬の開発が可能となるわけです。そこで、ChAT, ChTやVAChTを特異的に結合する優れた放射性核種標識薬剤の開発を目指し研究を行っています。

 1)アセチルコリントランスポーター(VAChT)イメージング剤

私達はアルツハイマー病におけるアセチルコリン神経系の変化を検討しており、これまでにイボテン酸によるマイネルト核破壊およびβアミロイド蛋白脳室内持続投与によりアルツハイマー病モデルラットを作成し、アセチルコリン神経系の変化を調べてきました。その結果、シナプス小胞膜に存在するアセチルコリントランスポーター(AChT)に特異的に結合するvesamicolの結合が有意に減少することがわかりました。そこで、vesamicolを基本化合物とするシングルフォトン核種である放射性ヨウ素標識vesamicol類似体の合成を検討してきました。その結果、オルト位に放射性ヨウ素標識を導入した(-)-o-iodovesamicol[(-)-oIV]がAChTに高親和性で結合し、アルツハイマー病モデルラットを用いた実験にて大脳皮質で集積が減少することがわかり、放射性ヨウ素標識(-)-oIVがアルツハイマー病の画像診断用放射性医薬品としての可能性があることわかりました。しかし、最近、vesamicolやoIVがAChT以外に他の脳内結合成分にも結合することがわかり、現在、それらの結合部位の特定並びにアルツハイマー病モデルラットでの各結合部位の変化を調べるとともに、AChTに特異的に結合する放射性核種標識vesamicol誘導体の合成研究を行っています。

 2)コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)イメージング剤

アルツハイマー病ではアセチルコリン神経系の中でアセチルコリン合成酵素(ChAT)が早期の段階で最も著しく減少していることはよく知られています。このことから、ChATイメージング剤の開発はアルツハイマー病の早期診断に大きく貢献することが予想されます。しかし、現在のところ、ChATに特異的に結合する物質はなく、また、ChATに特異的に高親和性で結合する物質を見つける実験法も開発されていません。そこで、私達はChATに特異的に結合する化合物を発見する方法の開発研究を行っています。これまでに、[3H]acetyl-CoAを利用した新しい方法を検討し、基質である[3H]acetyl-CoAと生成物である[3H]acetylcholineを分離操作無しに、分別測定する方法を開発しました。これにより、ChAT活性を簡単に測定することが可能となると共に、たくさんの試料を一度に検査できるスクリーニングに適した方法の開発も可能となりました。現在、この方法を用い、共同研究により多くの試料を調べ、ChAT活性を増強または阻害する物質の探索を行っております。将来的には、ChATに特異的に結合する物質を見つけるとともに、その物質の短寿命放射性核種での標識化を検討し、世界初のアルツハイマー病診断用のChATマッピング剤の開発研究を進めていく予定です。

 3)コリントランスポーター(ChT)イメージング剤の開発

 シナプス間隙に放出されたアセチルコリンは速やかにアセチルコリンエステラーゼによりコリンに分解されます。コリントランスポーター(ChT)はそのコリンをシナプス前部に取り込む部位であり、その役割は重要で、各種精神・神経疾患と深く関係がある可能性があります。このようにChTイメージング剤の開発は大変興味ある研究です。しかし、ChTに対して高親和性を有する化合物はすべて水溶性であり、血液-脳関門を通過しないため、ChTイメージング剤として利用できません。そこで、私達はH?標識化合物を用いたバインディングアッセイ法により、ChTに高親和性を示す脂溶性の新規化合物の発見を目指しています。将来的には世界初のChTイメージング用の放射性医薬品の開発を目指しています。

(2)シグマ受容体をターゲットにした脳内分子イメージング剤の開発

 1990年代に発見されたシグマ受容体は記憶・学習やストレスにも深く関係しているとされています。私達はアセチルコリントランスポーター(AChT)イメージング剤の研究の過程で、偶然、シグマ受容体に高い親和性を有する化合物を発見し、これが従来から知られているpentazocineやDTG等のシグマリガンドより数十倍親和性が高いことがわかりました。現在、この新規化合物を基に、構造活性相関を調べることにより、官能基の種類や導入位置を工夫し、さらに特異的親和性の高い新規化合物を発見するための研究を行っています。また、短寿命放射性核種の標識化を検討し、新規シグマ受容体イメージング剤としての可能性も検討しています。

(3)癌の内用放射線治療を目的とした薬剤の開発

 細胞殺傷性のβ線放出核種を用いた内用放射線治療は、副作用が少なく、一回の投与で複数の部位に効果が期待できるといった利点を有する新しい治療法として期待されている本分野では、腫瘍に特異的に集積する化合物を輸送担体として用い、β線放出核種で標識した化合物を設計、作製し、評価を行っています。

(4)アポトーシスイメージング剤の開発

 近年、アポトーシスを体外から検出できる、インビボイメージング(放射性薬剤を用いて画像化)が核医学分野において積極的に行われている。しかし、既存の薬剤は、その非特異的集積が高いことから十分にコントラストのある画像を得ることが困難である。本分野では、より優れた画像を得ることを可能とするために、非特異的臓器から速やかな消失を示す放射性薬剤を現在、開発中です。

(5)放射線安全管理研究

 1)放射線内部被曝の軽減化に関する研究

  バイオサイエンス研究でよく使用される放射性標識化合物の放射線分解に伴う内部被ばくの危険性を標識化合物の保存条件および実験条件による分解率、分解物を調べ、その被ばく経路を把握し、内部被ばく評価および内部被ばく軽減化の方法を研究しています。

 2)環境保護を目的とした放射性廃液の軽減化に関する研究

環境保護の点から希釈放流や燃焼焼却により処理されている放射性液体廃液の放射性核種(RI)は固体廃棄物に変換し、保存することがのぞましいと考えられます。そこで、私達は核種・化学形の違いによる各種吸着剤やRI除去法の影響を調べることにより、液体RIから効率よくRIのみを取り除くことができる新しい吸着剤およびRI除去法を開発するための研究を行っています。